『TIME』誌がその年に影響を与えた人物を選出する企画をスタートしたのは1927年。この企画の当時のタイトルは「Man of the Year」だった。世界に影響を与え、世の中を牛耳っていたのがほとんど男性だったこの時代、影響を与えた人たちを選んできた『TIME』の編集部員の多くもおそらく男性たちだったのだろう。
それから、72年を経た1999年。「Man of the Year」は「Person of the Year」と改名した。とはいえ、名称が変わっても、選出されるマジョリティーは男性のままだった。
しかし今、時代は確実に変わってきている。
10年前、2010年の「TIME100」に選出された女性は3割程度だったのに対し、2015年は約4割、そして昨年の2020年は5割といった具合だ。また2020年には『TIME』恒例の「Person of the Year」とは別に、「100 Women of the Year」と称して、これまで「Man of the Year」の陰に隠れてきた、讃えられるべき歴史的な女性たち100人の名前が挙げられることになった。これは、アメリカで女性参政権が認められてから100周年を記念したもので、1920年から2019年までの過去100年ぶんの「今年の女性」を発表するという企画である。100人の中には私の尊敬するアメリカの元最高裁判事の、RBGことルース・ベーダー・ギンズバーグさん(故)や、2019年に他界した緒方貞子さんらの名前があった。
そして2020年秋、「『TIME』の『世界で最も影響力のある100人』の1人に選ばれました。おめでとうございます。なお、本件につきましては正式な発表までは内密にお願いします」といういたってシンプルなメールが『TIME』のスタッフだと名乗る人から私のもとに届いた。これはいたずらなのではないか、そもそもどこから私のメールアドレスを得たのか、謎が多く、半信半疑だった。
2020年9月、大坂なおみは、白人警官に暴行され死亡したジョージ・フロイドさんの名前が書かれたマスクを着けて全米オープンテニス準々決勝に臨んだ(写真・AP / アフロ)。
© Frank Franklin II
そうして迎えた9月22日の発表当日、中継で選出された100人の名前が読み上げられ、確かにそこに私の名前もあった。日本人女性として大坂なおみ選手と伊藤詩織、つまり私が選ばれた、と日本では報道された。私たちに共通することは何か。バックグラウンドも方法も違うけれども、社会の不条理に対して沈黙を破り声を上げたことだと思う。
私が声を上げられたのは、それまで声を上げてきた人がいたことを知っていたからだ。たくさんの声が重なって、たまたま私が発した時に一緒にその声が響いたのだと思う。だから、私が選ばれたのは、同じように声を上げたすべての人のおかげである、と感じた。『TIME』が選んだ写真もまた、私だけではなく、私のまわりの、私を応援してくれている人たちが映ったものだった。それは、私が、私ひとりではないことを意味しているようにも思われた。
声はいつ、誰に届くかわからない。けれど、声を上げたら必ず誰かに届くと身を以て知った。だからこそ、あなたの発する一言がどれほど大きなメッセージになるのかを知ってほしい。また、おかしいと感じていることに対して意見を発しないでいることは、おかしいと思っていることに対して疑問を投げかけたり、止めるアクションを起こしたりしないということにほかならないから、つまりは、その事態を容認していることと同じなのだ、ということも知ってほしい。
声を上げることは、あなたの愛する人を守ることでもある。私の場合は真っ先に大好きな妹の顔が浮かんだ。彼女に、私がしたような経験をさせてはいけないと思った。
「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の森喜朗会長(当時)の今年2月の女性蔑視の発言に対しては、「またか」という気持ちが過った。と同時に、「まだ?」とも感じ、刻々とアップデートされていく時代の流れに追いつけていない日本のトップの状況に愕然とした。
市民の反応は、ひとむかし前とは違った。時を待たず、そんな組織委員会トップの発言に対して、声が一斉に上がったのだ。SNS上で「#Don’tBeSilent」「#わきまえない女」といったハッシュタグと共にさまざまな人が声を上げた。自分の意見を表明した。誰だって沈黙を破るサイレンスブレイカーになれるのだ。その声は今、確実に時代を動かす力になっている。
Shiori Ito
1989年生まれ。ジャーナリスト。フリーランスとして、エコノミスト、アル・ジャジーラ、ロイターなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。国際的メディアコンクール「New York Festivals 2018」では、Social Issue部門とSports Documentary部門の2部門で銀賞を受賞。著者『Black Box』(文藝春秋)が第7回自由報道協会賞大賞を受賞した。
[お詫びと訂正]
2021年5月号「GQ TALK」内、P68の「『世界で最も影響力のある』ひとり」と題したコラム中、「JOCの森喜朗前会長」「JOCトップ」との記述がありました。前者は「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の森喜朗前会長(当時)」、後者は「組織委員会トップ」の誤りです。ここに謹んでお詫びし、訂正いたします。
文・伊藤詩織
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