柔道関係者の誰もが「阿部詩はセンスにあふれている」と称賛する。「センス」という言葉は便利だが、何が優れているのか分かりづらい。
女子52キロ級の阿部詩(日体大)を最もよく知るのは、恩師の垣田恵佑さん。兵庫・夙川学院中学・高校で6年間コーチとして指導し、阿部の希望で東京五輪の最終調整役も務めた。垣田さんに阿部の「センス」とは何かを聞いた。(森合正範)
―誰もが詩選手はセンスがあると言います。
「言いますよね。でも、センスって何? となりますよね。詩がすごいのは、技の当て感。ボクシングでパンチを当てる感覚に似ている。このタイミングで技に入って、これを掛ければ(相手が)跳ぶ、という感覚が優れていると思います」
―本人は理論的に分かって動いているのですか。
「いや、分かっていないと思います。勉強でもスポーツでも、できる人は『こうやれば、こうなるじゃん』と言う。凡人からするとそれがわからない。その感覚に似ている。技の当て感も『このタイミングで入ればよくない?』と言われても…」
―その「当て感」は中学1年から優れていましたか?
「中1のときはまだまだ体が弱かった。中2から体の弱さを補うくらい、技の当て感が際立って、もう強かったですね。組み手もうまいし、技も切れるし、パワーもスタミナもある。でも、一番は技の入る感覚の鋭さ。それを総称して『技の当て感』というのかな」
―ここで入れば技がかかると察知し、体現できる、と。
「僕たちも『ここで入れば投げられる』と分かる時があるけど、実際にはなかなかできない。詩は女子でもあんなにスピードがある。普通は技に入るときは(体の)力を入れては駄目なんです。ボクシングでいえば、パンチは力を抜かないと速く打てない。ぐーっと力を入れてパンチ打っても速く動かないですよね」
―詩選手は力を入れないで技に入れるんでしょうか。
「技に入る時にはあまり力が入っていなくて、背中が当たった瞬間にばーっと持っていくんです。瞬発的な力です。ボクシングって、拳が当たるまでは力入っていないですよね。それが当たる瞬間に最後のところで力を入れて打つ。そういうイメージです。あれができるのは詩だけだと思います」
―女子の52キロ級が男子の90キロほどある元トップ選手の垣田先生に「受け」をお願いするのは珍しいのでは。
「詩の受けは難しいです。相手の意思をくみ取って、技を入らせて、耐えて、最後は詩が出せるぎりぎりの力で持っていかせる。受けの技術が必要です」
―誰もができるわけではないと。
「こっちが力を抜いたら、完全にすっ飛ばされます。だけど、男子の90キロが思い切り力を入れたら、技に入れません。まあ、でも力がありますよね、詩は」
―心技体でいえばどこが優れていますか。
「詩は体だと思います。もちろん技術もあるし、たぶん理想の答えとしては心と言った方がいいのでしょうが…」
―いえいえ。答えは求めていません。
「どんなスポーツでも、技術とか、最後は気持ちとか言うじゃないですか。僕は学生時代に(73キロ級代表の)大野将平と対戦したことがある。インターハイの決勝では競って負けた。大学生になって団体戦で対戦した時には3秒くらいで吹っ飛ばされたんです。大野は(100キロ超級で五輪連覇の)リネール(フランス)とも乱取りしているじゃないですか。それを見て、大野は技術とか心とか関係なく、体がすごいと思いました」
―詩選手の体も同じようですか?
「高校の時、インターハイ(高校総体)の超級で3位、しかも100キロ近くある選手がいたんです。普通に投げていましたから。技術もあるけど、それを成し得る体が一番の要素じゃないかな」
―体というのは力ではないんですよね?
「力ももちろんあるんですが、しなやかさと、瞬発力です。詩の心と技術を支えているのが身体能力だと思うんです。52キロでは圧倒的です。力はぎゅーっというパワーはありません。持久力ありきの速筋タイプで、一瞬に出す力がえげつないです」
―一二三選手が心技体で「体」ならイメージしやすい。だけど詩選手の場合はピンと来ない。
「一二三は想像つきますよね。詩は確かにピンと来ないかもしれないですけど、それは僕の経験というか。今までの柔道人生みたいなところを踏まえて、女子の52キロであれだけ力を持っている選手はいないですよ」
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